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こんにちは、代表の大西です。
比較的穏やかに過ごした年末年始を経て、仕事初めを皮切りに早くも睡眠時間4時間生活に突入しました。しかしそれは私にとっては特別有事なことではなく、また、自身の身体のタフさを誇示したい訳ではありません。
こういう生活をしておりますと、愛する我が子と顔を合わせることもないわけですが、せめてもの償いにと、就寝のときに寝室にて私の枕で眠る長男に頬をひっつけてみたところ、闘犬の唸り声の如し謎の低音発声とともに、なんとも呆気なく自分の布団に転がっていった長男を見て、私がかつて父親に抱いた感情が蘇ってきたところでした。
遡ること6年前、病気をひた隠しにして還暦を目前に死んでいった私の父。その病魔の深刻さを知る由もない家族にとって、当人を時に疎ましく思いあしらった日々の中でも、父の仕事人としての信念は、息子としては大変に誇らしいものでした。
大工の父が携わった現場には、いまもそれぞれの「家族」が家庭という城を築き、その方達の人生のひとつの「彩」があると思うと、建築業というものは素晴らしい職種であることは疑う余地もありません。
我が家も本来であれば父にその一部を施工してもらう運びであったにもかかわらず、基礎工事着工の2ヶ月前に突然神様へと相成った父。我が家の外壁はその単位重量がおそらく日本の住宅においては超重量級であり、今となっては、あの隠れ病人にそんな仕事をさせていたら、それこそ死神にでもなったろうなと、実の兄と笑ったのは葬場祭(神道における葬儀の名称)の翌日でした。
どんなに予定が切羽詰まろうとも、依頼に対して「なんとかする」、輻輳するスケジュールの中でパフォーマンスが落ちることが予想されても、それをどうフォローアップするかを客先と徹底協議。この弊社の考えは紛れもなく父の考えであり、特に後者は父が実現不可能であった事実。(結果として受注を辞退することもあったようです)
これこそが私に与えられた人生の課題ではなかろうかと勝手に解釈し、また、父親を超えるられるファクターであると無駄に自分に言い聞かせ、限られた時間と資源(人手や道具)の中で、一つひとつの現場に課された成すべき目的を無駄なく達成する方法を必死に考える。毎日およそテッペンの時刻をまわるころに事務仕事が終わり、そのまま素直に寝れば良いところを、どうにも落ち着いて寝ることができない、そしてそんな自らを忌み嫌えない性格に仕上がってしまった36歳です。
こんな生活があと何年続くのかは自分でもわかりませんし分かろうともしていない。しかしながら、限られた人生のなかで出来ることは全てやりたいし、頭の外観的容姿は同じ境遇の歌手、松山千春さんの名言さながら、勝負をする人生も悪くはないなと思いますな。
今日はこのあたりにしておきましょう。
話は変わりますが私は、「神道は宗教ではない」と考えております。これについては、次回の記事にしますので、興味のある方は数日後にまたここに覗きに来てくださいね。